「贈り物」は軍隊生活の莫迦莫迦しさ、滑稽さを描いた作品だが、一方でその哀切さも胸に迫る。
酔っ払って川に落とした軍刀を部下に探させる見習士官の小隊長、歩兵砲のカバーが紛失して大騒ぎする部隊。そして歩兵砲のカバーで好きになった女に財布を贈ろうとする兵隊……。
この無闇に武張って形式的で暴力的な軍隊の生活を、丸谷才一は短い期間ながら経験していた。
徹頭徹尾軟派で通した丸谷才一ならではという作品。短いがとても良い。
「秘密」は『笹まくら』に直結する徴兵忌避の物語。
徴兵忌避についてはもういいやというくらいなので、他の話。
主人公のお祖母さんが出征前夜、「チョウスウのため死んだどて、どもならねすけの」「ええが、チョウスウのため死ぬのはやめれ」と訛りの強い口調で教え諭す。この「チョウスウ」が何なのかということが謎となって、小説の半分くらいまで進む。このあたりがいかにも『樹影譚』を書いた作家らしくておもしろい。
さらになぜお祖母さんがそのことばを口にしたのか、幕末生まれのお祖母さんの近代日本観がどういったものか、また遠く聞こえる湯治場での宴会の歌の国家観と、主人公は考えづめに考える。この調子を嫌う人もいるけれど俺は好きだ。
にぎやかな街で
2016年6月16日木曜日
2016年6月15日水曜日
丸谷才一「にぎやかな街で」(『にぎやかな街で』所収)
表題作は大江健三郎を思わせる題材の採り方で、最初に読んでからしばらくして誰の作品だったか忘れていた。しかし読み返してみると実に丸谷的作品で、というよりも根源的なものが含まれているような気がする。
川本三郎も、
舞台は戦争末期の広島と十年後、二十年後の広島。二人の男が出てくる。一人は在日朝鮮人で子どもを戦後の混乱期に亡くした主人公、高(通名高井)。もう一人は戦争直後に出会った野村。
丸谷作品らしく死の影が色濃い。野村は諍いから妻を殺していた。しかし原爆投下の混乱で彼は罰せられない。
罰によって社会に受け容れられたいと願う野村と、戦争によって国家そのものを相対化し、周縁化されている高。
高は「しあわせな男だ」と野村に羨まれ、帰り道につぶやく。かつて息子を亡くした日に、<神信心のほうも駄目>だった男はせめて神がこの苦しみを見ていてくれればいいのにと願う。あるいはそう信じられればいいのにと願う。
この見棄てる国家・見棄てる神、あるいは国家の不在・神の不在というのは長く丸谷才一のテーマとなった。
にぎやかな街で
川本三郎も、
のちに『女ざかり』を書いた作家と同じ作品と思えないくらい、これは異様な小説です。若いころの丸谷さんは、こういう小説を書いていたのかと驚きます。これは今、なかなか手に入りにくくなっている本ですが、私は丸谷さんを語る時に欠かせない小説だと思います。と述べている。
「昭和史における丸谷才一」, 菅野昭正編川本三郎・湯川豊・岡野弘彦・鹿島茂・関容子著『書物の達人丸谷才一』所収.
舞台は戦争末期の広島と十年後、二十年後の広島。二人の男が出てくる。一人は在日朝鮮人で子どもを戦後の混乱期に亡くした主人公、高(通名高井)。もう一人は戦争直後に出会った野村。
丸谷作品らしく死の影が色濃い。野村は諍いから妻を殺していた。しかし原爆投下の混乱で彼は罰せられない。
罰によって社会に受け容れられたいと願う野村と、戦争によって国家そのものを相対化し、周縁化されている高。
高は「しあわせな男だ」と野村に羨まれ、帰り道につぶやく。かつて息子を亡くした日に、<神信心のほうも駄目>だった男はせめて神がこの苦しみを見ていてくれればいいのにと願う。あるいはそう信じられればいいのにと願う。
この見棄てる国家・見棄てる神、あるいは国家の不在・神の不在というのは長く丸谷才一のテーマとなった。
にぎやかな街で
2016年6月14日火曜日
森見登美彦『四畳半神話大系』
最初は「どうだ、巧いもんでしょう、おもしろいでしょう」ってな文体に参ったが、企みがなんとなくわかると一気に読ませる。
本当はもう少し年配の登場人物を配したらもっと深くなったのだろうけれど、ある種の人生の達観や覚悟みたいなものを錯覚しきってしまった年齢として大学生とその周辺という設定は良いのかもしれない。
そういう意味でも(かつての自分のような)若い子らに薦めたいようなジュブナイル性もある。俺もまだまだ若いけれども、俺には平行世界がないかもしれないと思って読み終えた深夜少し泣いた(嘘)。
本当はもう少し年配の登場人物を配したらもっと深くなったのだろうけれど、ある種の人生の達観や覚悟みたいなものを錯覚しきってしまった年齢として大学生とその周辺という設定は良いのかもしれない。
そういう意味でも(かつての自分のような)若い子らに薦めたいようなジュブナイル性もある。俺もまだまだ若いけれども、俺には平行世界がないかもしれないと思って読み終えた深夜少し泣いた(嘘)。
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